「ダーウィンの悪夢」 メタファーへの誘惑

僕らは知っている。世界で飢えと貧しさで苦しむ人が沢山いることを。遠い空の下で起こっている現実に僕らは繋がりを持てないまま、どこか絵空事になってしまっている世界。感受性の強い人なら行動を起こすかもしれない。でも大概の人は自分の事で精一杯だ。この世の悲劇まで背負い込むことなんて不可能だし、まずは「自分、家族」を幸せにすることが大切なことなのだから。
ダーウィンの悪夢には、僕らと繋がるキーワードがある。ナイルパーチ

   

ナイルパーチ、学名 Lates niloticus は、スズキ目・アカメ科に属する魚の一種。アフリカ大陸の河川や湖に生息する大型の淡水魚である。現地では商業上重要な食用魚で、多くがヨーロッパや日本に輸出される。また観賞魚としても人気が高い。
ナイルパーチは大型魚で、肉質も癖がない白身であることから、食用として需要が高く全世界に輸出される。特にヨーロッパと日本に多く輸出されており、日本ではレストランや給食などでフライ用の「白身魚」として供される。また、店頭では「スズキ」「白スズキ」などの名で販売される。回転寿司ではスズキの代用にされることもある。-wikipediaより抜粋-

知らず知らずの内に僕らはナイルパーチを普段から食べていた。そしてそれは飢饉に苦しむアフリカから輸入されたものだった。多少、繋がりは持てたと思う。この映画は「ナイルパーチ」を巡るドキュメンタリーなのだ。でも、この映画には賛否両論がある。世界中で数々の賞賛を受ける一方で、政治的プロパガンダ映画と批難もされている。ここに描かれている地獄から僕らは何を読み取るべきなのだろうか?

ダーウィンの悪夢

一匹の魚から始まった“悪夢のグローバリゼーション”に迫るドキュメンタリー。アフリカ最大の湖・ヴィクトリア湖。半世紀前に放流された外来種の肉食魚・ナイルパーチから派生した弱肉強食のグローバル経済の本質を暴く。
ダーウィンの悪夢公式サイト  http://www.bitters.co.jp/darwin/

この映画の舞台はタンザニアのムワンザってとこ。下の地図じゃ小さすぎて判らないと思うけど、タンザニア側のビクトリア湖沿いの町になる。この湖がでかいよ。広さは九州の2倍、琵琶湖の100倍もの広さだという。かつては、約400種類の固有種が生息し、研究者たちにダーウィンの箱庭」と呼ばれるほどの「生物多様性の宝庫」と言われていたのだそうだ。
アフリカ大陸  ビクトリア湖周辺の地図
そこにナイルパーチが放流されたことによって、湖の生態系が狂っていく。(日本のブラックバス問題と似てるよね)この湖のほとんどの魚は草食系だったらしいから、当然のこと。固有種は半減し、残りの種も絶滅の危機に瀕しているのだという。(決して壊滅的な状況ではないという意見もある.)でも皮肉なことに、この悲劇が彼らの国、地域に恩恵をもたらすことになる。ナイルパーチの漁獲量が増え、外国(特に欧州、日本)への輸出も高まることで、国に大きな外貨をもたらし、地域に産業を生むことになったのだ。映画は貨物機が頻繁に往来する様を描いていく。ナイルパーチの輸出業者は言う。「もし、ナイルパーチがいなかったら、我々の地域に仕事があったかどうか・・・」
ムワンザの多くの人が「ナイルパーチ」関連の仕事についている。(といってもムワンザの人口50万人のうち、5万人程度)その他は貧困にあえいでいる。街にはストリートチルドルレンで溢れ、女は売春や物乞いで生計を立てるものも多い。それもあってかHIVエイズ)の感染率はとても高い。食べ物の取り合いで喧嘩になる子供達、プラスチックを燃やして出る麻薬物質を現実逃避するかのごとく吸引する子供達。それと対照的に、現地の愛人と楽しく酒盛りをする白人のパイロットの様子もカメラは切り取っていく。
ムワンザの現地人はナイルパーチはまともに食べる事は出来ない。ほとんど輸出に回るからだ。彼らはその身を削った残りかすをかろうじて食べて生き長らえている。僕らの感覚からすれば完全な残飯ゴミでしかない。トラックで山積みに運ばれてくるその残飯から、彼らはましなものを探して持っていく。(これにも反論がある。ナイルパーチは確かに高価な部類に入るけど、普通に店で売られているという。)
もし、反論(濃い黒文字の部分)を省いて、ここまで読めばどのように感じるだろう?かなり悲惨なことに変わりないけど、ナイルバーチの放流が元凶と僕らの目には映ってしまうのではないかな?僕はここにこそ、作者の意図があると思う。こんな感じ。ナイルパーチ以前は、街の人は古来の魚を食べて生きていた。しかしナイルパーチが入ってきてその魚は絶滅してしまった。しかもナイルパーチは外国人が食べるので全部持っていかれてしまう。だから街の人は食べる者がなくて貧困にあえいでいる。
反論部分を交えて読めばこうなるだろう。確かにタンザニア(アフリカ)は貧しい国だけど、なんとかナイルパーチのお陰で少しはマシな状況にあるんだなって。
これってさあ。恐らくだけど作者はメタファー(暗喩)として描きたかったんじゃないかな?つまりナイルパーチが古来の魚を駆逐していく様を、外国人が現地人からナイルパーチを搾取していることになぞらえてるのだ。そのメタファーを作者はひらめいちゃったんだね。物を想像する人間ってこのメタファーが大好きなのよ。だってかっこいいでしょ?僕だって今、この言葉使ってカッコつけてるわけ。作者はこのメタファーを成立させるために、話をねじ曲げる誘惑に駆られたんじゃないかな?つまりここが政治的プロパガンダ要素なのだ。「自分たちの欲望のために、これだけ犠牲が払われているんだ。」って。メタファーがあると、そのドラマに深みが増すのだ。
タンザニア政府からすれば、余計なお世話だ。実際。国は断固この内容に抗議しているらしい。現地の人も怒ってるらしいよ。
ただ、この映画にそういうねじ曲げがあるにせよ、総じてちゃんとした現実が映し出されている。でもそれはタンザニアだけの問題というより、アフリカ全体の問題なのだ。実際、飢饉はあるし、内戦が各地で頻繁に起こり、地獄絵図が展開されているのだ。それを忘れてはいけない。
話の続き。下の写真を見てもらいたい。この映画の別の宣伝ポスターだ。一番下の絵、銃になってるよね。これって、どう見てもナイルパーチが銃になっていくイメージだと思うんだけど、どうでしょう?

貨物機がナイルパーチを運んでいくのは判った。ではタンザニアに来る際、何を持ってくるのだろう?白人のパイロットに尋ねると決まってこう言う。「何も積まないで空のまま、やってくるよ。」
それは考えにくいよね。採算性のこと考えたら、持ってくる物なんていくらでもあるでしょう?タンザニアにも湖以外の地域は飢饉で苦しんでいるというし、政府だって何も輸入しないわけじゃないだろうから、この飛行機を利用すべきでしょ?まあ、ここで何か裏があるなって僕らは感じるよね、当然。
お察しの通り、その後、大量の武器がヨーロッパから輸入されているのだという証言が出てくる。武器商人にとって格好の密輸ルートになってるのだと。確かに近隣のアフリカ諸国では内戦が絶えず起こっている。この映画はその事とナイルパーチを結びつけようとする。現地の新聞もそれを取り上げている。確かに納得出来るし、本当のことかもしれない。でもその決定的瞬間の映像はない。あくまで推測の域を出ていないのだ。アンゴラに武器を運んだ事があるという白人パイロットの証言がある。「クリスマスに私たちは、アンゴラの子供達に武器を贈り、自分たちの国の子供には持ち帰ったぶどうを贈っている。これはビジネスなんだ」
あくまでこれはアンゴラの話だ、パイロットはそれ以外のことは何も言ってない。ムワンザに大量の兵器が運ばれているなんて一言も触れない。つまりそのことを彼から引き出せなかったのだろう。彼の言葉は「ムワンザも一緒だよ」と暗に言ってるのかもしれないし、少なくとも作者はそう受け取っているに違いない。
作者はある種の正義感でこの映画を作ったのは言うまでもない。最後に現地のジャーナリストが訴える。「欧州の国々は武器を製造し、情勢を監視しているが手を打とうとしない。アフリカ情勢が悪化すれば彼らは利益を得る。国連に人を送り込み食料品や医薬品を売って商売をするのだ。しかし本来なら治療ではなく予防をするべきだ。何故、応酬は武器の輸出を止めて、アフリカを苦しめている病気の予防に乗り出さないのか?」
これこそが作家の一番訴えたいことなのだ。誠実な思いで取り組んだ作品だと思う。でも受け取る側は全てを鵜呑みにしてもいけない。そこに彼の主観的メッセージがある限り。
ナイルパーチをまた口にする機会はまたあると思う。スーパーじゃ「スズキ」としても売ってるらしい。ムワンザから運ばれてくるこの魚を前に、なんとなく複雑な思いがよぎるに違いない。「どうしようもないこと」なんだけどね。
この作品はレンタルもできるけど、google videoでも観ることができる。実はこの作品、かつてBS NHKで前・後半に分けて放送したことがあったのだ。この映像が無料で観れます。時間のある方はぜひご覧になってください。
http://video.google.co.jp/videoplay?docid=847400449878113760&ei=1E9HSabQE4GQwgPz-qisAQ&q=%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%82%AA%E5%A4%A2

下記のサイト 参考にさせてもらいました。もっと詳しく批判等知りたい人はサイトをご覧になってください。
http://jatatours.intafrica.com/habari49.html

http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20070104/akumu

http://www.arsvi.com/2000/0610fm.htm