「ブタがいた教室」 動物を食べるシステムについて考える

話の流れで、食に関する日本の映画はないかな?と考えてたらこれにぶち当たった。これを通して、生きる物を食べることについて考えてみたいと思う。

ブタがいた教室
 
ストーリー
本作は18年前、大阪の小学校で実際に行われた、「クラスのみんなで豚を飼って卒業前に食べる」という授業を基にした物語。約束の日が迫る中、豚のゆくえをめぐって激論を交わす子供たちの姿は、その後、ドキュメンタリー番組としても放送され、賛否両論を巻き起こした。

映画は10月に公開されたばかりなので観てません。おそらくビデオになっても観ないと思う。16年前に放送したドキュメンタリーを観たのでそれで十分かなと。この話は有名なので知ってる人は多いんじゃないかな?観てない人はyoutubeでダイジェストが観れます。動画が三つに別れてるので全部見たい人はこちらから。http://jp.youtube.com/watch?v=3XKK_NDXdu8&feature=related
 これは3つの内の一つ目のビデオ
「食べ物の大切さ 生きてるものを食べるという事の意味をガーンと身体で感じてもらいたい!」と、妻夫木君が生き生きと訴える。映画は「命と向き合った感動実話」として描いているようだ。でも僕には大事な視点が欠けているようにしか思えない。
その動機は理解できるし、それを子供達に伝えようとする試みも素晴らしい。でも、そのやり方は間違っていたと僕は強く思うのだ。結論から先に言えば、「愛させて殺させて食べさせる」なんてありえないでしょ?ある意味狂ってるよ。そんなの・・・(殺す作業自体はさすがに誰かにやってもらうのかもしれないが・・・)
人間が戦争をする時に、何故敵国の人間を殺せるのかといえば「憎む」感情があるからだよね?「愛する」敵国の人間を殺すなんて苦しくて困難に決まってる。国家やメディアに、敵国への憎しみを煽動され、強く叩き込まれることによって、どうにか人は闘える精神を獲得できるのだ。(それでも過去に人を殺した事で生涯苦しむ人だっているんだよ。)それは相手が動物だって基本的には同じだと思う。ペットを飼ってる人なら解ると思うけど、人は「愛でる」存在を擬人化しやすいもの。ペットは家族の一員だよね。その動物が「愛でる」存在になれば「殺す」存在ではなくなるのだ。それをまるでペットのように「愛でる」事を子供にさせておいて、そのあと「はい!殺して食べましょう。」なんて、誰だって受け入れられないことだよ。
 うちの猫。ありきたりな名前だけどモモ。愛想ない奴だけど、殺して食べるなんてできっこないでしょ!
では何故、食肉センターの方達が、動物を食肉に加工できるのか?それは彼らが「冷酷」な人間だから?違うよね。それはその動物たちが「愛でる」存在ではなく、「食物」の存在として運ばれてくるからだ。だって彼らはその動物をそこで初めて見るんだから。可愛いと思ったとしても、深い情には至らないよね。それが大事なのだ。つまり、僕らの社会には「生きた動物を食べるための、それなりのルールやシステム」が用意されているという事なのだ。その事にあの先生は気付かなかったのではないか?大人だって困難な事を子供にさせようとしたのだ。「愛する物を殺して食べましょう」って。もはや、食べ物の大切さなんて次元を飛び越えてしまったのだ。
ビートたけしが番組の中でこんな話をしていた。姉が夜店で買ったひよこを大事に育てていた。やがてにわとりに成長したある日、帰ってきたら食卓にならんでいたという話。にわとりを動物としてしか見てなかった父が、さっさと殺して調理してしまったのだ。当時は貧しかったこともあって、姉は泣きながらおかわりをしたんだって。父が育った鶏に情を通わせていなかったから起こった悲劇?喜劇?だよね。
この先生は今は大学の教授になってるらしく、こう振り返っていた。「今でも、あれが正しかったかそうでなかったか、よく判らないんですよね」 正直、ふざけるなと思う。動機は正しい。でも明らかに手段を間違えた。そして彼は少なくとも教育の名のもとに、本当に食べる気でいたんだと思うよ。もしそうなっていたら・・・彼は大きな罪を犯した事になってたと思う。(彼が確信犯的に、殺して食べないという結論を先に用意してれば話は違ってくる)しかし幸いなことに子供達は自分たちが殺して食べるという決断をしなかった。後輩に引き継ぎを頼むか、食肉センターに引き取ってもらうかの二者選択をしたのだ。彼は子供達に救われたのだ。若気の至りとはいえ、バカな大人のきまぐれ実験に付き合わされる中、子供達は人間的な答えを導き出せたのだ。「愛するPちゃんを殺して食べるなんてできない!」と・・もし僕があの時あの場所にいたら、どう答えただろう。おそらく「食べるべきだ」って言ってたかもしれない。感情より、理屈を優先させてしまったかもしれない。ドキュメンタリーの中で「食べる」派のグループにいた女の子は泣きながら訴えていた。「やっぱり、私たちが育てて食べようと決めたんだから、ちゃんと私たちの代で終わらせるべきなんだと思う」そう決めたのは先生であって、君たちではないよ。僕は彼女の葛藤が痛いほど解る。彼女は絶対にいい子だし、両親もいい教育をしているに違いない。あの先生の唯一正しい選択は、最終的に結論を委ねられ、食肉センターに送るのを決めた事だ。後輩の子供達にまた同じような決断をさせるなんてあってはならないのだ。「愛する存在を自ら殺して食べる」なんてする必要のない社会である限りにおいてね。あんな事を子供にさせることを肯定する人がいるなら、まず自分で同じ事を経験してほしいと思う。それをやらないで、いきなり子供で試すなんて許されない事ではないか?まあ、とにかく子供達が「愛していた」Pちゃんを殺して食べなかったことにはホッと胸を撫で下ろすしかない。
もし、どうしても動物を殺して食べたいというのであれば、それは大人もやってる通り、それなりのルールを作らなければいけないと思うよ。ブタとの距離感を必要以上に縮めるような事はしてはいけないのだ。Pちゃんなんてあだ名を付けるなんてもってのほか。育てるのも自分たちでやってはいけない。誰か第三者に任せないといけない。世話なんてしたら情が移ってしまうでしょ?時々、遠くから見学するだけでいい。長居は無用。一緒に遊ぶような時間を作ってはいけない。それができて初めて、なんとか「殺して食べる」という行為は可能になるのかもしれない。だからといって、そこに痛みがないわけではない。ただ少しでも軽減させることでしかない。それくらいデリケートな問題なのだ。
現代の「動物を食べる」というシステムは、プロセスを分業することで、その痛みを分散させていくことに他ならない。
かつてヨーロッパにおいても、もちろん日本においても、精肉業は差別の対象の仕事だった時代がある。それは誰もやりたがらない仕事だからだ。だから、そういう仕事には移民や、差別を受けてるマイノリティーの人が就いていた。今もその名残は残ってると思う。
そんな一昔の(ヨーロッパじゃ今も同じなのかな?)精肉業を扱った映画がある。「カルネ」というフランス映画なんだけど、一応参考として紹介しておく。でもかなりショッキングな映像なので覚悟して見て下さい。(女性は観ない方がいいかも)

注意!この映画はフランスの馬肉業を営む男の話。馬を屠殺して食肉にする様子が描かれる。これを観たら、精肉業というのは。生半可じゃできない仕事だと思う。
NHKの番組「人は何を食べてきたか」でドイツが痩せた土地のために小麦を育てられず、仕方なく動物を食べるようになっていったという経緯を以前のブログで書いた。これもそういうことだ。仕方なく・・がミソ。彼らだって好き好んで動物を殺して食べるようになったわけじゃない。生きていくために選択の余地などない手段だったのだ。ブタを殺せば、骨以外の全てを食材として利用した。血さえも原料にするなどさまざまな保存食としてのソーセージが作られていった。そのような文化が育った背景には、なるべく殺したくないという思いもあったと思うよ。だからこそ、全てを大事に扱い、重要な栄養源として食べていたんじゃないかな?

ドイツにはソーセージの種類は1700種類くらいあるそうだ。
このような文化が根付くには時間が掛かると思う。当然、昔は食肉センターとかは無かっただろうから、自分たちで育てて殺して食べるしかなかった。それが平気でできるわけがない。(狩猟で得た動物はその点で食べやすかったと思うよ。育てるというプロセスを省いているからね)だからこそ、それをできるようなルールを設けていったに違いない。必要以上に家畜と親密にならない。とか。「動物は食べる物だ」というイメージを代々幼少の頃から叩き込んでいくとか。それが家族や近隣のコミュニティーに浸透している事で初めてできることなのだ。ブタが殺されるのを平然と見ていた少女は、決して冷酷だからではない。それが地域では当たり前のことであり、殺されているのは「食物」に過ぎないという感覚が宿っているからだ。日本には幸い、海に囲まれ、作物も育つ環境にあった。魚はなぜ殺しやすいかといえば、自然に育ったものを海から大漁に獲ってきて、感情など入るすきもないまま、処理ができるからだ。もちろん、鳴かないのも功を奏した。日本は育てた動物を殺すという苦痛を抱く事もなく、穀物と魚による食文化が発達していったのだ。肉文化が本格的に入ってきたのは戦後だよね。ドイツ人だって鳴かない食べ物を食べたかったと思うよ。でも彼らのおかげで今,僕らはソーセージを楽しむことができるのだ。
 18年後、テレビの取材班が大人になったかつての子供達にインタビューしていた。「あんな授業を自分の子供達に受けさせたいですか?」という質問に対し、彼女は溌剌と答えていた。「ええ、ぜひ受けさせたいと思います。命の大切さとか、今は解らなくても将来きっと役に立つと思うから。」
「命の大切さ」・・・か。この言葉も「戦争反対」と並んで、よく軽々しく使われる言葉だと思う。正しくて反論の余地のない言葉。彼女自身もあの経験が何だったのか?自分でもよく解らないのかもしれない。もし学んだとすれば、殺す事の困難さ。殺すためには「愛」があってはならないこと。そしてそのプロセスを他人に委ねることで、自分たちの食生活が成り立っていることを肌で感じることなんだと思う。ただ忘れていけないのは、あれは貴方達の賢明な選択があったからこそ、良き思い出として、美談として振り返れることなのだ。もし、あの時、殺して食べていたらどうだったのだろう?僕が危惧するほど大したことではなかったのだろうか?現在、僕らの社会は、愛するものを殺さずに済む平和が与えられている。その中で彼らはそれを実行した数少ない大人になっていたのかもしれないのだ。それを背負い込んで生きてしまう人もいるんじゃないかなと思うのは僕だけだろうか?